商標権侵害リスクと税関差止手続きの実態
答申第113号(令和2年12月10日)サマリー
税関が商標権侵害物品として輸入貨物を没収した処分について、輸入業者が取消しを求めた事案。
輸入業者は「商標権の有効性が無効審判や訴訟で争われているため、没収処分は違法」と主張したが、審査会は「処分時点で商標権は有効であり、争訟中でも効力は失われない。没収処分は関税法に基づき適法」として審査請求を棄却した。この答申により、商標権の有効性が後から争われても、処分時点で有効な商標権に基づく没収処分は適法であることが明確化された。
商標権侵害物品の具体例と輸入禁止の根拠
商標権を侵害する物品とは、正規の商標権者の許可なく、類似または同一のロゴや図案などを使っている模倣品を指します。具体的には、ブランドロゴを模倣した衣類やバッグ、キャラクター付きのおもちゃ、さらにはパッケージやデザインが酷似している電化製品などが含まれます。
これらは関税法第69条の11により「輸入してはならない貨物」に該当し、輸入通関時に発見されれば、税関が差止や没収の手続きを行うことができます。しかも、たとえ商標権の侵害を意図していなかったとしても、その認定によって処分される点に注意が必要です。
「業として」の輸入と個人輸入の違い
また、商標権侵害と判断されるかどうかは、輸入の目的や数量、職業、反復性といった「業として」の要素も関係します。個人使用目的の単発輸入と異なり、営利目的での継続的な輸入であれば、「業として」の要件を満たすとされる可能性が高くなります。
税関への差止申立てと認定手続きの流れ
正規の商標権者は、自社ブランドを守るために、あらかじめ税関に「輸入差止申立て」を行うことができます。この申立てが受理されると、税関はその商標に関して監視対象とし、貨物検査時に一致する製品がないかをチェックします。
仮に、対象に該当する可能性のある貨物が見つかると、税関は「認定手続き」に進みます。この段階では、輸入者と権利者の双方に対して、証拠資料の提出や意見陳述の機会が与えられます。
認定手続きは行政手続きの一環として行われ、輸入者側が適切な証拠を出さなければ、商標権侵害の認定が下される可能性が高くなります。
逆に、正当な仕入れであることや、ロゴが非類似であることなどを主張できれば、輸入が認められることもあります。判断の基準は、登録商標との類似性や、使用されている商品のジャンルの一致などであり、実務的な見解に基づく判断が下されます。
認定手続き開始時の輸入者対応ポイント
税関から「認定手続開始通知」が届いた場合、まず最初にするべきことは、期限を確認することです。多くの場合、数日から数週間のうちに証拠や意見書を提出する必要があります。提出が間に合わなければ、それだけで不利益な判断が下される恐れがあります。そのため、通知を受けたら、すぐに社内で情報を共有し、対応の体制を整える事が重要です。
専門家の活用と自発的処理の選択肢
また、証拠の準備や説明文書の作成にあたっては、弁理士や通関士など専門家の協力を仰ぐのが望ましいです。認定手続きの結果、商標権侵害と判断された場合、輸入者には自発的処理(貨物放棄、積戻し、保税地域での廃棄)という選択肢もあります。これらの処理は、通関業者や保税地域の施設との調整が必要となるため、実務的には一定の手間がかかります。
没収通知後の不服申立てと貨物の取扱い
なお、認定後に税関から正式に「没収通知」が届いた場合でも、輸入者には不服申立てや行政訴訟の手続きが可能です。その間、貨物は廃棄されず保税地域で保管されるため、即時に損失が確定するわけではありません。これは、輸入者の権利保護の観点から、実務上重要な運用です。
差止回避の違法行為と刑事責任
さらに、差止を回避しようとしてロゴを一部削ったり、分解して別の貨物として申告するような行為は、明確な違法行為とされ、刑事責任の対象にもなります。実際に過去の事例では、このような手法で輸入された貨物が摘発され、罰則を受けたケースもあります。こうした違法な手段は、企業の信頼を損なうだけでなく、再発防止措置を含む厳しい対応を受けることになります。
リスク回避のための事前チェックと仕入先管理
商標侵害リスクを防ぐには、事前の情報収集がカギとなります。J-PlatPatなどの公的データベースを使えば、登録済みの商標を簡単に検索できます。仕入れようとする製品に使われているロゴやデザインが、すでに商標登録されていないかを調べておくことが、輸入者としての最低限のリスク管理です。
また、仕入先との契約や信用状況も重要な判断材料です。安価な仕入先が見つかったとしても、商標権の処理状況が曖昧なまま取引を進めると、後に輸入差止の対象となる可能性があります。とくに中国やベトナム、タイなど、模倣品の流通が多い地域から仕入れる場合は、信頼できる仲介業者やメーカーを選ぶことが不可欠です。
社内体制の整備と知財教育の重要性
社内的には、輸入担当者に対する知財教育や、チェック体制の確立も必要です。仕入れ段階で気づける体制を整えておくことで、トラブルを未然に防ぐことができます。また、商標権の有効性について争いがある場合でも、無効審判や裁判で正式に無効と確定しない限りは、商標権は法的に有効であり、税関による処分も適法となります。こうした制度の仕組みを正しく理解しておくことが、実務上の誤解を防ぎます。
商標権侵害品の差止・摘発の現状と統計
税関による商標侵害品の差止や摘発は、実際に多く発生しています。中でも、ファッション関連商品、キャラクター雑貨、電子機器の模倣品が多く、毎年数百件規模で没収・差止事案が報告されています。これらの統計や実例も参考にすることで、どのような商品がリスクが高いかの目安になります。
商標権侵害リスク管理の実務ポイントまとめ
- 商標権を侵害する貨物は、意図せず輸入しても処分の対象となる可能性があります。
- 税関は、商標権者からの申立てを受けて貨物を差止める権限を持っています。
- 認定手続きでは、意見書や証拠の提出が必須であり、対応の遅れは不利になります。
- 商標権の有効性が争われていても、確定するまでは法的に有効であり、処分は適法とされます。
- 没収通知後も不服申立てや訴訟が可能で、その間は貨物は保管されます。
- 「業として」の輸入と判断されると、個人輸入でも処分対象になることがあります。
- 自発的処理には放棄・積戻し・保税地域での廃棄などの実務手続きが必要です。
- 輸入前の商標チェックと、信頼できる仕入先の確保は実務上の必須事項です。
- 社内での知財教育や、対応マニュアルの整備がトラブルの予防につながります。
- 模倣品の摘発は特に衣類・雑貨・電子製品で多く、統計を活用したリスク評価が有効
分科会の答申書から学べること
まとめ:商標リスクへの備えと実務対策
商標トラブルは、輸入ビジネスにおいて想定以上の損失を生む可能性があります。小規模な事業者であっても、最低限のチェック体制と専門家の活用によって、被害を回避することが可能です。安全・安心な貿易のために、商標リスクの理解と備えを進めましょう。
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