チーズ vs 酸性化ミルク
チーズか酸性化ミルクか?分類の違いが生む関税差と実務リスク
輸入ビジネスを行う上で重要なのは、仕入れた商品の品質や価格だけではありません。それと同じ、あるいはそれ以上に重要なのが「税関における分類の正確性」です。関税率は商品分類(HSコード)に基づいて決定されるため、分類の違いによって納税額が数倍に膨らむことも珍しくありません。とくに乳製品などの加工食品は、成分や製造工程、用途などによって分類が細かく分かれており、輸入者と税関の見解が食い違うケースが後を絶ちません。
今回紹介するのは、ある冷凍乳製品をめぐって「これはチーズなのか、それとも酸性化ミルクなのか」という分類が争点となった事例です。
この審査請求は関税等不服審査会で取り扱われ、最終的には輸入者側の主張が退けられましたが、その過程には多くの学びがあります。
この記事では、この答申書(令和2年・第112号)をもとに、関税分類に関する実務的な知識と注意点、そして小規模輸入事業者としてとるべき対応について詳しく解説していきます。
答申書の要約
事案の概要
この事件は、ある事業者が輸入した乳製品について、関税分類をめぐって争われたものです。問題となったのは、その商品が「酸性化したミルク」なのか「フレッシュチーズ(ナチュラルチーズ)」なのかという点でした。
事業者は最初に「酸性化したミルク」として申告して関税を納めていましたが、後になって「実際にはフレッシュチーズに該当する」と主張を変更し、関税の更正を求めました。
審査会の検討と判断
審査会は、この商品の正しい分類を判断するために、以下の観点から詳しく検討しました。
- 製造工程の詳細
- 商品の成分構成
- 国際規格(CODEX)の基準
- 国内の関連規則
検討の結果、審査会は次のような結論に至りました。この商品は、チーズの製造に必要不可欠なホエイ(乳清)の除去が十分に行われておらず、また成分の変化も一般的なチーズの基準に達していないことが判明しました。つまり、一般的に考えられるチーズの特性を十分に備えていないと判断されたのです。
商品の分類変更が争点となった事案
この事案で対象となったのは、J国から輸入された冷凍状態の乳製品でした。輸入者は当初、この商品を「酸性化ミルク(HSコード:0403.90)」として輸入申告しました。
しかし、後になって「これはチーズ(HSコード:0406.10)に該当する」として、更正請求を行いました。これは、チーズの方が関税率が大幅に低いため、納税額の減額を狙った動きと見られます。
税関はこの請求を認めず、商品は「酸性化ミルク」に該当すると判断しました。輸入者はこの判断に不服を申し立て、更正請求から審査請求へと手続きを進めましたが、最終的にその主張は関税等不服審査会によって退けられています。
このように、一見すると「乳製品」というくくりでまとめられそうな商品でも、分類がわずかに異なるだけで課税額が大きく変わってしまいます。とくに乳製品は、発酵・非発酵、ホエイ除去の有無、脂肪・たんぱく質の濃度などの違いによって分類されるため、輸入者は成分や製法を細かく把握しておく必要があります。
争点は「ホエイの除去」と成分変化
本件で税関が「酸性化ミルク」と判断した最大の根拠は、チーズとして認められる条件が満たされていなかった点にあります。チーズは、乳からホエイ(乳清)を十分に除去し、固形分を凝縮させた食品であることが前提です。
しかし、この商品ではホエイの除去が十分とは言えず、たんぱく質や脂肪分もチーズと比較して希薄で、脱脂乳に近い状態だったとされています。
審査会では、官能検査、つまり食感や風味などの官能的特性だけでなく、成分分析や製造工程の違いといった化学的・物理的な特性も踏まえて総合的な判断がなされました。輸入者は「冷凍状態での輸入であったため、正確な試験はできなかった」と主張しましたが、審査会は「輸入時の現物の状態に基づいて分類を判断すべき」としてこの主張を退けました。
さらに、分類判断にあたっては、国際食品規格であるCODEXと日本国内の分類例規との整合性も重要な要素となりました。CODEX規格では、チーズと認定するためには明確な成分変化とホエイの除去が必要であり、国内規定もこれに沿って定められています。本件の商品は、これらの基準のいずれにも適合しなかったことから、チーズとは認められなかったのです。
事前教示とその限界
この事案では、輸入者が商品について税関に事前教示を求めていました。事前教示制度とは、輸入予定商品の分類や関税率について、税関に対してあらかじめ照会ができる制度であり、誤った申告を避けるための重要な手段です。
しかし、今回の教示結果は「酸性化ミルクに該当する」というものであり、輸入者にとっては望ましい内容ではありませんでした。輸入者はこの結果を覆すべく、更正請求を行ったわけですが、審査会では「事前教示の有効性は、その照会時に提供された商品情報と、実際に輸入された商品の実態が一致していることが前提である」との判断が下されました。
つまり、事前教示を得たとしても、その後に輸入する商品が照会時の内容と一致しなければ、教示結果は無効とされる可能性があるということです。さらに今回は、輸入者が教示結果の変更を求めることなく、更正請求という形で直接争いを起こした点も評価に影響を与えたと考えられます。
商品仕様の証明責任は輸入者にある
審査請求の場では、輸入者が「当該商品はチーズである」ということを自ら証明しなければなりません。今回のケースでは、輸入者が用意した証拠資料、たとえば成分分析結果、試験報告書、製造工程の説明資料などが不十分であったため、審査会の評価は厳しいものとなりました。
また、申告内容を裏付けるためには、化学的データだけでなく、写真、現物、製造地の情報、原料の出所など、多角的な資料が求められます。こうした情報は、輸入時点で速やかに提出できるよう、日頃から社内で体系的に管理しておくことが大切です。
さらに、担当者が変更になった場合にも分類の一貫性を保てるよう、製品ごとの分類根拠を社内で明文化しておくことが、将来的なトラブル回避につながります。
分科会の答申書から学べること
まとめ
商品が「どの分類に該当するか」によって、適用される関税率は大きく異なり、結果として納税額や利益率にも重大な影響を及ぼします。特に乳製品や食品関連商品は、成分、製造工程、物理的・官能的性質といった多様な要素によって分類が決まるため、輸入者は商品を正確に理解し、分類に必要なエビデンスをそろえておく必要があります。
今回紹介した答申書は、当初「酸性化ミルク」として申告しながら、後に「チーズ」であると主張した輸入者の更正請求が退けられた事例でした。この事案から学べるのは、分類の正確性と証明責任が輸入者側にあるという基本原則、そして事前教示の活用には限界があるという現実です。小規模な輸入事業者にとっても、関税分類は他人事ではなく、十分な備えと社内体制の構築が求められます。
ポイントまとめ
- 商品分類の違いは関税額に大きな差を生むため、慎重な判断が必要
- チーズとされるためには、ホエイ除去や成分変化、官能・物理的特性の明確な違いが求められる
- 事前教示は有効な制度だが、商品実態と一致していなければ無効になる可能性がある
- 分類根拠を裏付ける証拠書類は輸入者の責任で用意し、整備しておく必要がある
- CODEXと分類例規との整合性は分類判断において非常に重要な要素となる
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