取引価格否認で課税価格が変わる?
はじめに
関税評価における取引価格の否認は、輸入事業者にとって多大な影響を及ぼします。本記事では、関税等不服審査会による答申書(第89号)をもとに、輸入契約の形態や調査協力姿勢が関税評価に与える影響を考察します。特に「問屋契約」による輸入が、課税価格決定にどのような課題をもたらしたのかを明らかにし、今後の実務における注意点を整理します。
事案の概要と論点整理
本件は、審査請求人が問屋契約に基づいて食品等を輸入していたところ、課税価格の申告が問題視され、税関が更正処分と過少申告加算税を課したことに端を発します。
納税者は、製造者インボイス価格を取引価格と主張しましたが、税関は「輸入取引」としての売買契約が存在しないと判断し、他の評価方法を適用しました。
争点は、以下の4点です。
- 輸入取引の該当性
- 契約の性質
- 資料提出義務
- 調査協力姿勢
課税価格の決定方法に関する教訓
関税定率法第4条では、課税価格は原則として「輸入取引における現実支払価格」(取引価格)によって決定されます。しかし本件では、審査請求人と外国の製造者との間に直接的な売買契約がなく、実際の契約は問屋契約でした。
問屋契約とは、商法第551条に基づき「自己の名をもって他人のために物品の販売または買入れを業とする者」が報酬として手数料を得る契約形態です。売買契約と異なり、目的物の所有権は問屋を経由せず委託者に属し続けるため、財産権の移転や売買代金の合意が明確に存在しないのが特徴です。
本件契約でも、審査請求人は輸入品を「販売」しているものの、貨物の所有権は外国の供給者にあり、また代金の支払いも明確に定義されていませんでした。このため、税関は「売買契約に基づく輸入取引ではない」と判断しました。
結果として、取引価格方式は適用できず、税関は第2法(類似貨物)を検討するも該当例なし、第3法(国内販売価格)もデータ不足により不適用。最終的に第6法(合理的算定方法)が用いられました。
この第6法とは、税関評価協定第7条に準拠した方法で、入手可能な資料と過去の評価データをもとに価格を推計する方式です。本件では、審査請求人が提示した一部の国内販売単価(平均値)を基準とし、それを他月の貨物に準用するなど、弾力的評価方法が採られました。
資料提出義務と調査協力の重要性
税関による事後調査の際、審査請求人は求められた資料の多くを「筆写」によって対応させるなど、原本提供やコピーの提出を拒否していました。このような非協力的な対応が、課税価格の精度に影響を与え、税関は合理的推計に頼らざるを得ない状況に追い込まれました。
結果として、「最大販売数量単価」や「通常の利潤・一般経費」を算定することができず、第3法を適用できないと判断され、より納税者にとって不利な評価方法が選択されました。

答申書では、必要な資料の提出を怠った場合、より厳しい評価がなされる可能性が高いことが明確に示されています。
契約内容の明確化と実態把握
今回の答申で明らかになったのは、契約内容の記載と実態の整合性が税関評価に直結する事実です。問屋契約に基づく取引であっても、売買の実態があれば「輸入取引」として認められる可能性はありますが、財産権の移転や価格の明示がない場合は「売買契約」とは認定されません。
従って、契約書作成時には、商品の所有権移転時期、支払条件、代金額などの基本項目が明記されているかを慎重に確認し、輸入申告に耐えうる内容となっていることが必要です。
税関とのコミュニケーションと手続き対応
税関からの調査要請や資料提出依頼には、明確かつ柔軟な対応が求められます。審査請求人は、「調査には応じるが、人数や期間を制限する」といった条件を提示し、調査の実施そのものを事実上困難にしてしまいました。
不服申立てや審査請求時には、主張と証拠の一致が不可欠であり、証拠が不十分であれば申立て自体が棄却されるリスクがあります。特に答申書では、「主張立証責任は納税者にある」と明確にされており、資料提出を怠った場合、税関の判断が優先される構造が再確認されています。
本件答申が示す実務的な教訓
本件事案は、契約形態と関税評価の関係性、調査への対応姿勢が課税価格に大きな影響を与えることを改めて示しました。問屋契約が中心でも、輸入取引としての売買が認定されなければ取引価格方式は適用されず、より不利な推計評価がなされます。また、資料の管理体制と税関対応フローを社内で整備することが、結果として有利な課税評価に繋がることを実証しています。
分科会の答申書から学べること
おわりに
本件から得られる最大の教訓は、「契約書の精度」と「税関対応の丁寧さ」が、税務リスクを大きく左右するという点です。契約の実態と書面の整合性、資料提出体制、調査協力姿勢の三点を、平時から整えておくことが重要です。また、関税評価の制度や通達は随時更新されているため、継続的な知識のアップデートも実務者には欠かせません。
まとめ
- 問屋契約では売買契約と認定されず、取引価格が否認される可能性がある
- 合理的算定方法(第6法)は、入手可能なデータを用いた弾力的推計が採用される
- 主張立証責任は納税者にあり、調査協力や資料提出が実務対応の成否を分ける
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