
少額輸入貨物の免税見直しへ|BtoC輸入に迫る『0.6掛け』廃止論の行方
近年、TEMU・SHEIN・AliExpressといった中国系ECサイトを中心に、個人輸入や越境ECの取引量が急激に増えています。現在、1万円以下の貨物には税金がかからない「少額免税制度」と、個人輸入品の税額計算で使われる「課税価格決定の特例(0.6掛け)」という仕組みがありますが、これらが国内の事業者との競争環境を大きく歪めているという指摘が出ています。このため、財務省関税局では制度の見直しに向けた議論が始まりました。
この記事では、現在の制度がどうなっているのか、どのように改正されようとしているのか、実務に携わる方々が何を準備すべきかについて、分かりやすく説明します。
財務省の発表資料:第3回急増する少額輸入貨物への対応に関するワーキンググループ(令和7年10月17日開催)
少額貨物制度が抱える「公平性のゆがみ」
現在の日本の輸入制度では、課税価格が1万円以下の貨物については関税と消費税が免除される「少額免税制度」があります。さらに、個人が使うために輸入する貨物に限っては、海外での小売価格に0.6を掛けた金額で課税価格を計算できる「0.6掛け特例」という仕組みも存在します。
これらはいずれも1980年代に作られた制度で、当時は海外旅行のお土産や小規模な輸入を想定していました。しかし、現在では、海外のECサイトを通じて商品が消費者に直接販売されるBtoC輸入が主流となっており、当時の想定をはるかに超える状況です。
その結果、同じ価格帯の商品でも、国内のEC事業者は消費税や関税を支払わなければならないのに対し、海外のECサイトから直接送られてくる商品は免税されるという不公平が生じています。経団連や新経連といった経済団体もこの問題を強く指摘しており、制度を見直して国内外の事業者が同じ条件で競争できるようにすべきと提言しています。
0.6掛けの本来目的と課題
0.6掛け特例は、海外での小売価格を基準に関税をかけると、国内で商業目的で輸入される貨物よりも税額が高くなる逆転現象を防ぐために導入されました。つまり、もともとは個人旅行者がお土産を持ち帰る際の負担を軽くするための公平化措置だったわけです。ところが現在では、越境ECサイト経由の個人輸入の約9割にこの特例が適用されており、制度の趣旨が完全に変わっています。
不正利用も横行
さらに、課税を逃れるための不正利用も明らかになっています。
例えば、実際には転売目的で輸入しているのに「個人使用」と偽って申告し、0.6掛けで課税価格を低く見せるケースです。財務省の資料によると、2024年中だけで約3,100件の不正適用が確認されました。このため、廃止も含めた抜本的な見直しが必要とされています。
EU・豪州の事例に学ぶ制度設計
EUでは2021年に、オーストラリアでは2018年に少額免税制度を廃止し、プラットフォーム事業者に販売時点で課税する義務を課すIOSS方式へと移行しました。この制度では、プラットフォーム事業者が登録番号を取得し、購入時に消費税に相当するVATを徴収して納付します。税金の徴収が通関時ではなく販売時に完結するため、徴税の効率が高く、不正防止にも効果的です。
ただし、EUで導入した際にはプラットフォーム番号の不備、返品時の税額再計算、通関現場での識別の混乱といった問題が発生しました。日本で同じ方式を導入する場合にも、通関情報処理システム(NACCS)への新項目追加、返品対応時の課税処理フローの整備、プラットフォーム未登録取引の通関時の識別ルール作りといった課題が出てくるでしょう。
消費税の少額免税制度も見直しへ
2024年末の与党税制改正大綱では、「国境を越えた電子商取引に関する適正な消費課税のあり方を検討する」と明記されました。これは、EUやオーストラリアがすでに導入している販売時課税方式(IOSS制度)を日本でも採用する可能性を示すものです。EUでは2021年に、オーストラリアでは2018年に、少額免税を廃止してプラットフォーム事業者に課税義務を負わせる方式へと転換しました。
日本でも同様に、プラットフォーム事業者が国税庁に登録し、消費者から受け取った消費税をまとめて納付する仕組みが検討されています。この場合、通関時点ではなく販売時点で課税されることになるため、輸入者である個人が納税手続きを行う必要がなくなり、徴税の効率が大幅に向上します。一方で、国内の通関業者にはシステム対応や識別フローの改修が求められることになります。
今後の方向性:デミニミス制度・簡易税率の見直し
財務省のワーキンググループでは、主に次の3点を中心に制度見直しが検討されています。
検討領域 | 現行制度 | 想定される改正方向 |
---|---|---|
①少額免税(関税・消費税) | 1万円以下免税 | 廃止または基準額の引下げ |
②課税価格特例(0.6掛け) | 個人使用貨物に適用 | 廃止または限定運用 |
③簡易税率制度 | 7区分の簡易税率(20万円以下) | 実効性低下のため再設計 |
第一に、関税と消費税の少額免税については、現在の1万円以下免税という基準を廃止するか、基準額を引き下げる方向です。
第二に、課税価格特例(0.6掛け)については、現在個人使用貨物に適用されているものを廃止するか、適用範囲を限定する方向です。
第三に、20万円以下の貨物に適用される7区分の簡易税率制度については、実効性が低下しているため再設計する方向です。
これらはいずれも、越境ECによる課税の抜け穴を塞ぐと同時に、通関現場の負担を考慮しながら進める必要があります。特に0.6掛け特例の廃止は、個人輸入だけでなく、輸入代行業者や小規模なEC事業者にも直接的な影響を及ぼすことになるでしょう。
実務者が今から備えるべきこと
1.越境EC経由の取引構造を整理し直す
税務上、誰が販売者で、誰がプラットフォーム事業者で、誰が輸入者(消費者)なのか、それぞれの責任範囲を明確にしておきましょう。今後は販売時課税へ移行する可能性が高いため、価格設定や請求の流れを見直す必要が出てきます。
2.通関書類の識別項目への対応準備
財務省の案では、輸入申告の際にプラットフォーム事業者番号と課税方法を追加する方針が示されています。通関業者やシステムベンダーとの連携が重要になります。
3.0.6掛け特例を適用する根拠を確認
個人輸入扱いの貨物であっても、再販売目的と見なされれば不正適用になります。仕入形態が曖昧な場合には、輸入者が説明責任を問われるリスクが高まります。
4.少額貨物の通関と課税の流れを再設計
今後、1万円以下の貨物にも課税義務が及ぶようになれば、従来の免税を前提としたやり方が成り立たなくなります。特に越境ECの物流代行業者は、課税管理システムを整備すべき段階に来ています。
5.影響を受けるそれぞれの立場に応じた対策
輸入代行業者は免税を前提としたやり方を見直し、価格設定を再検討する必要があります。EC事業者はプラットフォーム登録義務への対応や請求書式の改修が必要です。国内小売業者は競争条件が平準化されることに伴い、価格体系を再構築することになります。消費者は購入時に課税されることで価格が上昇するリスクを理解しておく必要があります。
今後のスケジュールと見通し
制度改正の具体的な内容は、2025年(令和7年)末の税制改正大綱で明らかになる見通しです。政府税制調査会では、すでにEUやオーストラリアの方式を採用することが有力案として議論されています。仮にこれが採用されれば、2026年から2027年ごろに新制度が施行され、販売時課税と0.6掛け廃止という形になる可能性が高いと考えられます。
現段階で最も重要なのは、制度変更を単なる課税強化として捉えるのではなく、越境ECを公正なルールのもとで育成する枠組みへと転換していく視点です。国内事業者や輸入代行業者にとっては、透明性の高い価格競争と適正な課税の確立が、むしろ長期的な信頼につながるでしょう。
要点まとめ
- 少額輸入貨物の免税(1万円以下)と0.6掛け特例が見直し対象に
- 越境EC(TEMU・SHEINなど)を中心に制度の不公平が拡大
- 財務省はEU・豪州方式を参考に販売時課税を検討中
- 通関業者にはPF番号連携などのシステム改修が必要
- 実務者は「個人使用/商業貨物」の区分と根拠を明確化することが急務


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