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海賊交渉費は共同海損に算入できる?|The Longchamp判例(UK最高裁2017)とYAR Rule Fの実務

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海賊交渉費と共同海損(GA)算入トラブル

  • ソマリア海賊事案で交渉中の船員賃金・燃料等はRule F「代替費用」としてGA算入可
  • 上限は回避した身代金との差額=約415万米ドルが基準。
  • 遅延費用も代替性を証拠化すればGAに載せられる、という国際的判例の示唆。

結論(要旨)

この判決は、ソマリア海賊に拘束され、交渉で身代金を引き下げた事案に関するものです。

裁判所は、交渉中に発生した「船舶運航費(crew wages=船員賃金、maintenance=糧食、bunkers=燃料)」を、York-Antwerp Rules 1974のRule F(代替費用=substituted expenses)に基づき共同海損(General Average, GA)として配分できると認めました。ただし上限は「回避されたGA費用(general average expense avoided)」の範囲内とされています[F1, F2]。

判決要旨(25字):交渉費はRule FでGA算入できます。

事件の概要

2009年1月29日、化学品タンカー mv LONGCHAMP はアデン湾でソマリア海賊に乗っ取られ、エイル湾へ向けられました。海賊は当初600万米ドルの身代金を要求しましたが、船主側の危機対応チームは7週間にわたる交渉で185万米ドルまで減額に成功しました(差額415万米ドル)。

この間、船主は交渉期間51日分の「船員賃金(crew wages)」「ハイリスク手当(high risk area bonus)」「糧食(maintenance)」「燃料(bunkers)」として、合計約16万米ドルをGAに算入するよう求めました。しかし、貨物側はこれに異議を唱え、争いとなりました[F1, F2]。

事案の流れ

平均査定人はRule Fに基づき費用算入を認め、High Court(商事法廷)もこれを支持しました。しかしCourt of Appealは「交渉の継続は代替行為ではなく、最初の要求額を払う行為の延長にすぎない」として算入を否定しました。これに対しUK最高裁(2017年10月25日判決)は控訴院判断を破棄し、船主側の主張をおおむね認めました(多数意見:Neuberger, Clarke, Sumption, Hodge/反対意見:Mance)[F1, F2, F3]。

最高裁の判断要点

  • Rule Fの適用範囲:「別のGA費用を回避するために発生した余分な費用(any extra expense incurred in place of another expense)」は、回避額を上限にGA算入できる。
  • 「allowable」の意味:Rule A(Extraordinary expenditure)の金額基準は不要で、性質(type)がGAに当たればよい。
  • 交渉費用の位置づけ:交渉期間中の費用は「身代金支払い」という別のGA費用の代替であり、性質が異なるためRule Fに該当。
  • 合理性要件の否定:「初回要求額を受け入れるのが合理的だったか」を要件にすると不合理な結論を生む(Hudson conundrum)。Rule Fは国際的均衡を重視して解釈すべきで、国内判例に縛られるべきではない。

判例番号・裁判所・日付:[2017]UKSC 68(UK Supreme Court、2017年10月25日)。
聴聞日:2017年7月17–18日[F1, F3]。

本件の致命的な失敗

今回の争点は、危機時のコストを「遅延損害(Rule Cの間接損失)」として排除するのか、それとも「別のGA費用(例:身代金)を回避するための代替費用(Rule F)」として認めるのかを整理できていなかった点にあります。現場では、交渉が長引くことで日々発生する運航費を証拠化せず、雑費として処理する傾向がありました。

しかし、代替される費用(ここでは初回要求額と最終合意額の差=回避額)との関係を示す証拠がなければ、GA算入の正当性を主張するのは困難になります[F1, F2]。

貿易実務者が学ぶべきポイント提案

契約・条文まわり

  • IncotermsでGA負担者を明確化(危険移転点で決まる)。
  • B/Lや契約書に採用YAR版(例:YAR 2016)を明示。本件はYAR1974で、Rule Fの扱いは版に依存。
  • チャーター契約ではGA条項や海賊条項を事前精査。

保険・資金繰り

  • 貨物保険(Institute Cargo Clauses A/B/C)で「General Average & Salvage charges」が付いているか確認。
  • 保険金額を実際の貨物価額に合わせる。過少保険だとGA拠出を自腹負担。
  • GA保証(Bond/Guarantee)は保険者経由で手配し、現金預託を回避。

事務・証拠

  • インボイス、PL、B/L、関税・内陸費などをまとめて保管(Contributory Value算定に必須)。
  • アジャスター(Average Adjuster)からGA明細を入手し、Rule F計上に疑問があれば期限内に意見提出。
  • 危機時の社内連絡記録(船社通知・保険者連絡)をテンプレ化し、後の照会対応を迅速化。

中小企業向けの学び

「遅延費は全て不可」ではなく、高額費用を回避するための代替費はGAに算入される場合がある。だからこそ、保険の付帯と適正額の設定、GA保証の即時手配、書類整備が回収と資金繰りを守るカギとなる。

今日からできる行動チェックリスト

  • 危機対応費を日別×費目で集計し、各記録にRule Fの注記を付けて保存する。
  • 「当初要求額−合意額=回避額」の算定書を初日に作成し、その後も更新していく。
  • Average Adjusterと期間・費目・上限について早期に合意し、その内容をメモに残す。
  • 貨物側に開示するためのパッケージ(費目明細、議事録、保険者とのやり取り)を定型化する。
  • 売買契約やB/Lに、採用するYAR(1974/1994/2016のいずれか)とRule Fの適用を明記しておく。

インサイト(中小企業への学び)

危機時のコストは「遅延による間接損失だから算入不可」と処理されがちです。しかしThe Longchamp判例は、代替性を示す証拠があればGAに算入できることを明確にしました。重要なのは「どの費用を避けるために、どの費用を払ったのか」を日々の記録で数字と説明文にして残すことです。

この考え方は海賊事件だけでなく、救助交渉、臨時寄港、通航料の引下げ交渉など、高額な別費用を避ける場面でも有効です[F1, F2]。

要点まとめ(箇条書き)

  • 交渉期間費は Rule F の「代替費用」として GA 算入し得る(上限=回避額)[F1, F2]
  • 「allowable」は金額でなく性質の問題—Rule A の金額水準は不要[F1, F2]
  • 費用明細(賃金・手当・糧食・燃料)約16万米ドル、回避額は約415万米ドル[F1]
  • 代替性の証拠化(台帳・議事録・査定人合意)が成否を分ける[F1, F2]

Factリスト

※本記事は法律的助言ではなく、貿易実務の参考情報です。

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