コールドチェーン温度逸脱の立証トラブル
- 温度逸脱の立証は「どの区間で起きたか」をログやCCTV、AWB指示で示すことが核心。
- キャリアはモントリオール条約に基づき責任を負うが、公権力検査が主因なら免責の可能性。
- 中小企業は証拠保全の仕組みを整え、因果関係をデータで切り分ける準備が損害回収率を左右する。
事件の要点:温度逸脱をどう立証し、どこでキャリアの責任が切れる?
医薬品や食品など温度管理が必要な貨物でトラブルが発生したとき、荷主は何をどの順番で証明すべきかが重要です。この記事では、一次情報の判決を基に、実務で役立つ整理を行います。焦点となるのは、温度逸脱(コールドチェーンの破綻)に関する代表的な判例です。
- Eli Lilly & Co. v. Air Express Int’l / Lufthansa(米国第11巡回控訴裁判所、2010年、判例番号 No. 09-12725、cite: 615 F.3d 1305)[F1]
- Best Value Kosher Foods v. American Airlines(米国ニューヨーク東部地区連邦地裁、2016年、16‑cv‑2263、Weinstein判事)[F3]
これらの判例を通じ、荷主がどのように温度逸脱を立証し、どの時点で航空会社(キャリア)の責任が切れるのかを解説します。基盤となる法令はモントリオール条約1999(Montreal Convention)で、貨物損害(Art.18)、遅延(Art.19)、責任限度額(Art.22)などの規定に基づきます[F2]。
事案の背景と主張:温度域管理の“抜け”はどこで生まれた?
Eli Lilly事件
フランスから米国へ輸送されたインスリンなどの冷蔵貨物が、出発空港で氷点下にさらされ損傷しました。荷主はAWB(航空運送状)契約違反を理由に、契約運送人DHLと実運送人Lufthansaを訴えました。第11巡回裁判所の判断は以下の通りです。
- 温度記録やAWBの指示(例:+8℃、Avoid Freezing)から、「航空運送中(Art.18)」の損傷と認定
- サービス契約による限度額放棄は成立せず、条約の限度額適用に戻る
- 証拠隠滅(スポリエーション)の主張も退ける[F1]
Best Value事件
パリからJFKへ輸送されたチーズが、到着後にFDA/CBPの検査で保留され、引き取りが遅れて劣化しました。裁判所は次のように判断しました。
- Art.18(2)の「公権力行為(act of public authority)」によりキャリアは免責
- 「受託時に貨物が良好だった」証明が不十分と指摘[F3]
判決の理由:温度逸脱は「どの区間で何が起きたか?」
Eli Lilly(第11巡回、2010)
航空運送中の出来事性(Art.18(1))
温度ロガーの記録から貨物が氷点下にさらされたことが判明し、空港での人的ミスにより屋外に放置された事実も認定されました。これにより「航空運送中」の出来事(Art.18(3))と判断され、キャリアが責任を負う前提となりました。
限度額の範囲での処理(Art.22)
下級審は「サービス契約で責任限度を放棄した」と判断しましたが、控訴審で是正されました。最終的に条約の限度額(当時17SDR/kg)が適用されました。AWBではDeclared ValueはNVD(未申告)で、特別利益の申告もなかったため、限度額を超える請求は認められませんでした。
スポリエーションの否定
証拠保全義務違反があっても、自動的に不利な推定はされません。悪意の有無、証拠の重要性、不利益の立証が必要とされました。つまり、荷主が証拠を処分しても、それだけで直ちに制裁につながるわけではないと整理されました[F1]。
Best Value(E.D.N.Y.、2016):
出発時に「良好」であった証明不足
菌検査書などは提出されましたが、別の出荷先や異なる時期のもので、証拠価値は限定的でした。そのため「受託時は良品、到着時は不良」という基本的な前後関係(Prima facie)が立証できないと判断されました。
公権力による行為での免責(Art.18(2))
FDAやCBPによる検査保留は「act of public authority(公的機関の行為)」にあたり、遅延や劣化の主因であればキャリアは免責されます。ターミナルでの冷蔵管理も争点となりましたが、最終的には長期保留というキャリアの支配外の要因が決定的理由とされました[F3]。
荷主SOP—温度逸脱を“勝てる証拠”に変えるには?
出荷前(リスク評価と準備)
貨物ごとに「温度プロファイル票」を作成します。これは許容される温度帯とその継続時間をまとめたもので、AWB(航空運送状)の“Handling Information”欄に原文付きで記載します(例:“Keep between +2/+8°C; Avoid freezing”)。
さらに、温度ロガーをどこに設置するか(箱内/外気/ULD)を図にして残し、シリアル番号や校正証明も案件フォルダに保存します。梱包仕様書には、使用する保冷材の種類・数量・事前凍結温度を明記し、サプライヤへの指示書と一致させます。
輸送中(データを守る運用)
積み付け直前、ULDへの格納時、到着後の開梱時の3場面で、必ずタイムスタンプ付きの写真を撮影します。さらに、CCTV映像やハンドリングログを請求できるように、空港事業者やGHA(地上取扱会社)向けの開示依頼書をあらかじめ準備しておきます。このとき、保全依頼を出した時刻も必ず記録します。
温度逸脱を検知した場合には、すぐに決められた手順に従います。具体的には、閾値を超えたことをアラートで確認→Art.31通知(14日以内に書面提出)を自動送信→現物を隔離・封印→第三者による検査という流れです。
到着後(因果関係の証明)
まず「受託時に貨物が良好だった」ことを示す証拠を集めます。具体的には、製造ロット記録、出荷直前の温度測定、細菌検査の日付、現地倉庫の温度ログなどです。さらに、温度ロガーの原データをそのまま保存し、変換や集計の手順を文書化して真正性を示します。
証拠保全の基本は「不要な破棄をしないこと」です。どうしても廃棄が必要な場合は、理由書や写真を残し、第三者の立会を得ることで、スポリエーション(証拠隠滅)を根拠にした相手の抗弁を防ぎます。
今日からできるチェックリスト
- AWB:Handling欄に温度帯や禁止事項を英語で明記。IATAコード(PER/ICE/AVIなど)だけに頼らない。
- ロガー:箱内・外気・ULDの三層で設置。シリアル番号と校正書を台帳で管理。
- 写真:梱包完了、ULD格納、到着開梱の3段階で撮影。
- 通知:受領当日にArt.31通知(貨物14日・遅延21日)を自動送信。件名に“Art.31 notice”とAWB番号を記載。
- CCTV:到着直後に保全依頼。エプロンやバルク庫の時刻レンジを具体的に指定。
- 証拠保全:破棄は理由書・写真・立会をセットで残す。破棄前には相手に検分の機会を与える。
💡インサイト:中小企業への学び(わかりやすく)
温度管理が必要な貨物の争いは、感覚ではなく「データの連続性」で決まります。つまり、受託時に良好だった貨物が、航空輸送中に温度逸脱を起こし、到着時に不良品となった——この因果関係を立証できるかがポイントです。そのためには、温度ロガーの記録、AWB(航空運送状)の指示、CCTV映像、作業ログを組み合わせて証明することが重要です。これができればArt.18の適用を認めさせ、さらにArt.18(2)の免責主張を退けることにつながります。
一方で、FDAやCBPによる検査のように、キャリアの管理を超える「公権力による行為」が主因であれば、判例上キャリアは免責されます。だからこそ早い段階で「原因の所在」を整理し、責任が及ぶ区間をデータで切り分けることが必要です。この準備次第で、損害回収率は大きく変わります。
要点まとめ:
- 温度逸脱はどの区間で起きたかをログ×CCTV×AWB指示で特定。
- 限度突破は未申告なら不可。Declared Valueや特別利益申告の運用を別SOPで管理。
- 公権力検査が主因ならArt.18(2)免責の可能性。因果の切り分けが勝負。
- スポリエーションは安易に成立しないが、保全運用を仕組み化して争点化を回避。
末尾注:※本記事は法律的助言ではなく、貿易実務の参考情報です。
Factリスト
- [F1]Eli Lilly & Co. v. Air Express International USA, Inc.(11th Cir. 2010, No. 09‑12725, 615 F.3d 1305)。公式PDF:米第11巡回裁判所サイト(氷点下曝露・人的過誤、限度額放棄を否定、スポリエーション不採用)。https://media.ca11.uscourts.gov/opinions/pub/files/200912725.pdf
- [F2]Montreal Convention 1999(Official Journal L 194, 18/07/2001, p.39–49)。EUR‑Lex(Art.18/19/22/31等)https://eur-lex.europa.eu/legal-content/EN/TXT/HTML/?uri=CELEX:22001A0718(01)
- [F3]Best Value Kosher Foods Inc. v. American Airlines, Inc.(E.D.N.Y. 2016, 16‑cv‑2263)。判決PDF(Justia経由、J. Weinstein)。FDA/CBPの検査保留=公権力行為(Art.18(2))で免責、出発時良好の疎明不足。https://law.justia.com/cases/federal/district-courts/new-york/nyedce/1%3A2016cv02263/384994/30/
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