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2025年10月24日の所信表明から読み解く、貿易実務に役立つポイント
2025年10月24日、高市総理による所信表明演説が行われました。所信表明では、物価高への対応と「危機管理投資」「経済安全保障の再定義」「供給網の強化」を中心とした成長戦略が示されました。
- 重要物資の確保
- 先端技術の保護
- サプライチェーン全体の安全保障対応
- 補助金や税制優遇は、安全保障に役立つ分野に集中
- 輸出管理・契約・人事・情報セキュリティをまとめて管理する体制が必要
これらの方針は、企業の輸出管理や取引体制にも直結します。とくに貿易を行う企業にとっては、“経済安全保障に適合した経営(輸出管理)”が不可欠になります。
そこで、この記事では、貿易に関わる企業に特に影響する7つのポイントを解説します。
貿易企業に影響する7つの重要政策
1. 物価高対策とアメリカの関税への対応
アメリカの関税で影響を受ける企業向けに、資金繰り支援や各種サポートメニューが用意されます。為替変動や関税による急な資金需要に対して、既存の支援制度の拡充や保証枠の増額が予定されています。
2. 中小企業の生産性向上・投資支援の強化
「責任ある積極財政」のもと、賃上げと設備投資を促す補助金・減税・交付金が拡充されます。通関・物流のデジタル化(DX)や品質管理工程の自動化など、貿易現場に直結する投資が支援の中心です。
3. 危機管理投資(経済安全保障・食料・エネルギー・国土強靭化)
AI・半導体・造船・量子・バイオ・航空宇宙・サイバーを戦略分野に指定し、研究開発から国際標準化まで一貫して支援します。輸出管理・技術管理と組み合わせた「国内での製造+海外展開」が標準だと考えています。
4. AIとデータ連携の加速、コンテンツ産業の海外展開
「世界で最もAIを開発・活用しやすい国」を目指し、データ連携と産業化を推進します。国境を越えたデータ共有やクラウド利用を伴う共同開発では、輸出管理と情報セキュリティ要件の両方を強化することが前提となります。
5. 食料安全保障による輸出産業化
植物工場、陸上養殖、衛星・AI解析の活用で「稼げる農林水産業」を推進します。食品関連の輸出では、トレーサビリティ(追跡可能性)・コールドチェーン(低温物流)・残留基準対応への投資が評価されやすくなります。
6. エネルギー安全保障とGX(グリーントランスフォーメーション)投資
原子力・ペロブスカイト太陽電池など国産電源の最大活用と、省エネ・燃料転換を加速します。電力コストの見通しが中長期的に改善し、電力を多く使う輸出型製造業に追い風です。
7. 外交・通商:日米同盟を軸に、CPTPP拡大、ASEAN強化
CPTPP(環太平洋パートナーシップ協定)の戦略的拡大、日米韓・日米比・日米豪印の枠組み強化が明記されました。FTA/EPAの実務では、原産地証明・サプライヤーによる宣誓・監査対応がより厳格化されます。
これらの政策はすぐに制度化が進むため、実務への影響も1〜2年以内に現れます。以下では、現場レベルで起こる具体的な変化を時系列で見ていきます。
今後12〜24か月で起きる実務への影響
1. 資金繰り・補助金の二段構え
アメリカの関税措置の影響緩和として、短期運転資金とサプライチェーン再設計投資の「同時支援」が行われる予定です。短期は保証・利子補給、長期は設備・データ基盤・在庫安全水準への投資補助が中心です。
2. 補助金・減税の採択基準が「安全保障への適合×国際展開」重視に
研究開発だけでなく、輸出管理・情報管理・サイバーセキュリティの体制整備が「補助金の必須要件」です。機密保持契約(NDA)や該非判定(輸出規制対象かの判定)、入退室・権限管理の実装度が採択スコアに直結します。
3. クラウド×共同開発の管理強化
AI・データ連携の推進により、国境を越えたクラウド利用は広がりますが、アクセス制御、監査ログ、データ保管地域の明確化が企業側の新たな義務となります。
4. 港・空港BCPの再点検
防災庁設立や国土強靭化で、港湾・空港・内陸輸送拠点の被災シナリオ更新が進みます。荷主側にも代替ルート・倉庫・複数輸送手段(モーダルミックス)の「証拠付きBCP(事業継続計画)」が求められます。
5. 農水・食品の実務強化
衛星・センサー起点の追跡要求が高まるため、HACCPログ、温度記録、ロット追跡の「機械可読データ」化が輸出条件となります。
6. エネルギー費用の変動緩和
GX投資と国産電源の組み合わせは、2026年以降の電力単価の下押し要因です。長期の見積・契約では、燃料条項を「電源構成&証書」と連動させる交渉余地が生まれます。
7. 通商面の監査強化
CPTPP拡大局面では、原産地検証やサプライヤー監査の照会が増えます。部品表・BOM(部品構成表)連動の原産地ロジックを、監査対応フォーマットで整備しておく必要があります。
すぐに着手すべき社内対応(90日プラン)
1. 輸出管理×情報管理の「最低限セット」
該非判定フロー(型番単位)、技術提供申請(クラウド共有・出張講習を含む)、NDA改訂(再委託への同等義務、監査条項、準拠法)をテンプレート化し、全取引に適用します。
2. 監査ログと権限管理
重要技術の閲覧権限台帳、入退室・ダウンロードログ、退職時チェックリストを一本化します。週次レビューと四半期棚卸を定例化します。
3. BCPの「可視化」
港・空港・内陸の代替ルート、代替フォワーダー、代替保税蔵置の一覧を地図とSLA(サービスレベル合意)で可視化します。燃料・道路・港湾復旧の閾値を明記します。
4. 補助金・金融支援の二本立て申請準備
短期の資金繰り(関税・為替ショック対応)と、中期の設備・DX投資(安全保障適合)の申請資料を並行で準備します。KPIは「国内比率+10ポイント、米依存−15%、代替供給先2社」を初期目標に設定します。
契約・物流で見直すべき条項
価格・燃料条項
税制変更やエネルギー構成の変化を、燃料調整係数と連動させる条項に改め、改定トリガーと通知期限を明記します。
セキュリティ・監査条項
NDAと基本契約に、監査権、再委託への同等義務、侵害発生時の報告SLA(検知から通知までの時間)を追加します。
貿易コンプライアンス条項
原産地・HS分類(関税分類)・経済制裁スクリーニングの記録保全義務、検査・監査への協力義務を契約書に明文化します。
所信表明で示された政策の方向性は、単なる理念ではなく、今後3年間の実務計画と直結しています。特に、危機管理投資や中小企業支援、日米関係の再構築はすべて「2026年度以降の制度改正」と連動して進む見込みです。
つまり、今からの数か月は“準備期間”であり、制度が動き出す前にどこまで社内体制を整えられるかが結果を分けます。
では、実際にどのタイミングで何をすべきかを見ていきましょう。以下は、政府のロードマップを踏まえた企業側の行動計画です。
今後3年間のスケジュール
企業が準備すべき「期限」を明確にするため、まず今後の実施計画を確認しましょう。
移行期(2025年度下期)
- 重要物資の追加指定に向けた準備通知
- サプライチェーン強化補助金 第5次募集の事前案内(〜12月)
- 国内生産拠点支援の優先審査制度の準備
第1段階(2026年度)
- 重要物資の追加指定(再生可能エネルギー素材・新型蓄電池など)
- サプライチェーン強化補助金の募集・採択・着工
第2段階(2026年度末〜2027年度)
- 経済安全保障推進法(ESPA)関連の省令改正:アクセス管理・秘密保持の実地監査を開始
- 中小企業向けセキュリティガイドラインの運用開始
- 税制優遇(加速償却・投資減税)の本格実施
第3段階(2027年度以降)
- 中小企業向け「ESG+経済安保」連動評価制度の導入
- 同盟国間の技術流出防止協定の運用開始
つまり、2026年初頭までに、秘密保持契約(NDA)の整備・アクセス管理・補助金申請の準備を完了させる必要があります。
補助金と財政支援の具体的な内容
現在実施されている「サプライチェーン対策のための国内投資促進事業費補助金」は、以下のような内容です。
| 事業区分 | 対象 | 補助率 | 想定上限額 | 実施スケジュール |
|---|---|---|---|---|
| A事業 | 生産集中リスク解消 | 中小:2/3以内 | 約10億円 | 2025年12月公募予定 |
| B事業 | 生活重要物資対応 | 中小:3/4以内 | 約7億円 | 2026年1月公募予定 |
| C事業 | 中小企業共同事業 | 中小:3/4以内 | 約15億円(グループ単位) | 2026年春採択見込み |
これらの補助金は実際に成果を上げている企業も多く、以下のような成功例があります。
成功事例
兵庫県の工作機械メーカーは、C事業を活用して補助率3/4で生産ラインを国内に戻しました。人件費の増加はIoT自動化で吸収し、受注単価を維持したまま納期を短縮することに成功しています。このモデルは地方の製造業でも再現可能です。
採択されるための5つのポイント
- 供給途絶リスクを具体的に示す(特定国への依存率、在庫日数など)
- 国内回帰で増える供給能力を明示(月産量・歩留まり・国内調達比率)
- 技術流出防止策を具体化(アクセス者数、退職時の誓約、NDAのカバー率)
- 海外分散の実証計画(対象国・提携先・目標指標・2年以内の現地開始)
- 段階別の資金計画(自己資金・補助金・融資のバランス)
日米関係と地政学リスクへの対応
トランプ政権下で再び強化されている米国の関税政策(Section232・301)は、日本の輸出品に直接影響する可能性があります。高市政権は日米同盟を重視しながらも、供給網の偏りを減らすため、ASEANやインドとの自由貿易協定(FTA)推進、同盟国間の技術共有協定を加速させる方針です。
リスク管理の具体策
- 主要市場の関税スケジュールを四半期ごとに更新(米・中・ASEAN)
- 為替変動時の利益率シミュレーション(±10%を想定)
- 代替輸送ルート(港・空港・陸上輸送)の確保計画をBCP(事業継続計画)に明記
- 輸出先国の安全保障関連法令(輸出許可・サイバー規制)を調査

特に、米国関税政策の変動リスクに備え、2026年度から中小企業向けに「緊急代替輸出支援枠(JETRO・経産省共同)」が設置される予定です。
中小企業に迫る新しい規制
高市政権が重視するのは以下の3点です。
- 重要物資の安定供給(サプライチェーンの強化)
- 技術・情報の流出防止(経済安全保障推進法・外為法の強化)
- 国内回帰と海外分散の両立
これにより、中小企業でも次のような対応が必要です。
- 輸出「品目」だけでなく、図面・CADデータ・試作品評価など「技術・情報」の共有も管理対象になる。
- 秘密保持契約(NDA)、守秘義務、競業避止義務などの契約書の整備と、取引先・委託先まで含めた継続的な管理
- アクセス権限、入退室管理、データ持出し制限など「物理・技術的な防御策」を伴う社内規程の明確化
- 重要物資に関わる投資や認定を受ける場合の、補助金申請に必要なコンプライアンス体制の構築
- 地政学・関税リスクに応じた販売・調達先の見直し
これらの変化を踏まえて、まず中小企業が最短で取り組むべき具体策を整理しました。
提案①:基本3点セットで最短整備
中小企業がまず行うべきは、次の3分野の体制づくりです。Excelやクラウドで始め、半年以内に「監査対応レベル」へ仕上げましょう。
A. 契約管理
- NDA(秘密保持契約)を1枚に整理(目的外使用禁止・再開示制限・準拠法など)
- 取引基本契約に「安全保障貿易」「情報管理」「下請け管理」条項を追加
B. 輸出管理
- キャッチオール規制と該非判定を一体化したワークフローを作成
- 技術提供・出張時などの社内申請フォームを統一
C. 人事・アクセス管理
- 重要技術アクセス者リスト・退職時誓約書・貸与物回収チェックを整備
- 入退室ログやUSB・クラウド権限を週次レビュー
チェック項目(1か月目)
- NDA(日本語・英語)を全取引先で更新済み
- 該非判定記録を案件フォルダに保存
- 最新のアクセス権限表を部門長が承認し、退職者反映済み
提案②:「国内回帰×海外分散」で強い供給網を構築
半導体・蓄電池・工作機械・電子部品などの企業は、国内投資と海外分散を同時に進めましょう。
国内回帰(設備・人材)
- 補助金を用途別に活用(集中リスク解消・生活必需品・中小共同事業)
- 補助率3/4を想定し、同業・異業種で共同の生産ライン強化を計画
海外分散(市場・調達)
- 関税・規制の動きを見ながらASEAN・南アジアへ販路・調達を試験展開
- 越境ECや現地実証をDX支援策と組み合わせて初期費用を抑制
KPI目標例
- 国内比率+10pt、対米依存−15%、代替サプライヤー2社追加、海外実証2件完了
- 各目標を90日プラン(Week4・8・12)で進捗管理
実例:小規模貿易事業者の成功・失敗ケース
成功例:長野県の電子部品輸出企業
経済安保対応でNDAを更新し、該非判定を徹底。補助金(B事業)を獲得して社内のセキュリティ環境を刷新した結果、米国の防衛関連企業との取引獲得に成功。
失敗例:福岡県の食品輸入商社
安全保障の対象外と考えて準備を怠った結果、2025年後半の制度改正で検査体制の不備が判明し、補助金申請に失敗。事前準備の遅れが致命的となった事例。
成功例:岐阜県の機械部品メーカー
C事業で地元3社と連携し国内回帰を実現。サプライヤー連携で物流コスト15%減を達成。

制度を理解して早めに準備した企業ほど、補助金を得やすく、取引機会を増やしている。
荷主が知っておくべきフォワーダー(物流業者)の選び方
経済安全保障が重視される時代では、物流業者を選ぶ基準が大きく変わりました。サプライチェーン体制の整備では、物流業者(フォワーダー)の選定も重要な要素です。
従来の「価格」や「配送スピード」だけでなく、コンプライアンス(法令遵守)能力・情報セキュリティ・危機対応力が必須の評価ポイントになっています。
1社に依存するのはリスクが高いため、基本的には3層構造で考えることをおすすめします。
A社を基幹(メインで使う物流業者)、B社を分散(リスク分散のためのサブ)、C社を非常時(緊急時のバックアップ)として位置づけ、それぞれに役割を持たせます。
以下、具体的な評価軸を解説します。
1) コンプライアンス・制度への適合性
AEO認証(信頼できる事業者の認証)の有無です。通関業者・貨物取扱者としてのAEO認証に加えて、各国の信頼プログラム、たとえば米国のC-TPATやEUのICS2への対応状況を確認しましょう。
次に重要なのがDPS(取引先スクリーニング)体制です。制裁対象・禁輸・要注意リストとの自動照合が行われているか、監査ログがきちんと保管されているかを確認します。
2) 情報セキュリティ・データ管理
情報セキュリティの面では、まずISMS(情報セキュリティマネジメントシステム)やISO 27001などの認証を取得しているかを確認します。
データの保管場所についても慎重に確認する必要があります。国内または地域内での保持が可能か、個人情報や設計図面がどのように暗号化されているか、SFTP(安全なファイル転送)や専用ボックスなど安全な受け渡し方法が用意されているかを見ましょう。
また、事故対応のSLA(サービスレベル契約)として、侵害検知から報告までに何時間かかるのか、封じ込めから是正までの手順が明確になっているかも確認が必要です。
3) オペレーション(運用)能力
運用能力の面では、多ルート冗長化が鍵になります。
海上・航空・鉄道・トラックなど複数の輸送手段を持っているか、港や空港の代替候補があり、切り替えにどれくらいの時間がかかるのかを確認しましょう。
スペース確保力も重要で、ピーク時でも輸送スペースを確保できる契約があるか、特定の運送会社に依存せず分散しているかをチェックします。
4) 契約・ガバナンス(管理体制)
契約面では、まず監査権条項が含まれているかを確認しましょう。年1回、プロセス・DPS・ログを監査できる権利が荷主側に保証されているかが重要です。
NDA(秘密保持契約)については、再委託先にも同等の義務が課されているかを確認します。また、不可抗力・制裁条項として、制裁強化時の履行停止手順や代替案の提示期限が明確になっているかも重要なポイントです。
よくある質問(Q&A)
Q. 小さな試作図面を海外に送る場合も申請が必要ですか?
A. 用途・相手・国によっては対象になります。社内申請フォームで起案し、該非判定と客観要件チェックを通してから共有してください。
Q. 退職者の競業避止はどこまで可能ですか?
A. 期間・地域・職務範囲の合理性が重要です。守秘義務を基本に、個別の合意と対価のバランスで設計しましょう。
Q. C事業の共同申請で相手を見つけるのが難しいです。
A. 同業団体・商工会・自治体の産業振興部・地域金融機関と連携し、「工程分担で補完関係にある企業」を中心に組成しましょう。
まとめ
- 高市政権下では「安全保障化した貿易実務」が標準になる
- NDA・該非判定・アクセス管理の「3点セット」から着手
- 国内回帰はC事業(中小共同3/4補助)で資金効率を最大化
- 海外分散はDX支援と組み合わせて実証→現地展開
- 監査に耐える「記録管理」を90日で立ち上げる
参考資料(公式情報)
- 内閣官房:サプライチェーン強靭化の取組(特定重要物資・制度概要)
- 経済産業省:サプライチェーン対策のための国内投資促進事業費補助金
- 経済産業省:補完的輸出規制の見直し
- JETRO:アジアDX等ビジネス共創支援(南西アジア・DX実証)

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