予借B/L(on board偽装)で損害賠償トラブル
- 未積みの段階で「Shipped on board」B/Lを発行=予借B/Lと認定され、侵権責任が問われた事件。
- L/C決済は形式合致でも、実体と食い違うB/Lは損害賠償リスクに直結。
- 実務ではon board表示を厳格に管理し、契約条項・管轄を明記することが必須の教訓
概要
この事件は、日本のフォワーダー(承運人)が、実際には貨物を積み込む前に「Shipped on board B/L(已装船提单)」を発行したことから始まりました。中国側はこのB/Lを使って信用状(L/C=跟单信用证)で決済しましたが、実際には未積みや納期の遅れが発生し、その結果、損害賠償請求が認められました。
1989年の上海市高級人民法院(上海高院)の控訴審では、このB/Lを「已装船提单」と認定し、貨物がまだ積まれていない段階で発行する「予借B/L(预借提单)」は不法行為(侵权)にあたると判断しました。判決でも「貨物がまだ船積みされていないのに已装船提单を発行することは「侵権行為である」と明言しています[F1]。
また、実際に損害が発生した場所が福州だったことを理由に、上海海事法院の管轄権も認められました[F1][F3]。
事案の背景(タイムライン)
1985/03/29:買主A社(中国)と売主・三明通商株式会社(日本)が、東芝RAC-30JE(3000台)の売買契約を締結。条件はC&F福州、総額169.5百万円。6/30と7/30に各1500台を分納予定。装船30日前にL/Cを開設し、必要書類として「空白裏書・空白荷受人・クリーンB/L(已装船提单)」を求めました[F1]。
1985/07/25:日本側フォワーダー(上訴人)がWO15CO97号のB/Lを東京で発行。「THIS IS SHIPPED ON BOARD B/L WHEN VALIDATED」欄に1985/07/25の日付を記載。しかし実際の船積み(大仓山轮)は1985/08/20に横浜で行われ、未積みの段階で「已装船」と表示されていました[F1]。
1985/07/29:A社は第三者C社と再販売契約を締結。条件は8/20までの納入で、遅延時は20%の違約金が発生するものでした[F1]。
1985/08/26:貨物が届かず、C社が契約解除と違約金請求。A社は損害軽減のため1987/02/10に香港へ転売(1700HKD/台)しましたが、市況悪化で買値を下回りました[F1]。
1986/03/17:A社は上海海事法院に提訴し、予借B/Lによる損害賠償を請求。被告は租箱費などを理由に反訴しました[F1]。
1988/10/24:第一審判決((86)沪海法商字第13号)。裁判所は予借B/Lを侵権と認定し賠償を命じ、被告の反訴の大半を棄却しました[F1]。
1989年:上海高院の控訴審では一審を一部変更しつつ支持。予借B/Lの侵権責任と管轄を明確にしました。この判決は最高人民法院公報1989年第3期に掲載[F2]。ただし判決日については不明(要確認)。
主張(当事者の言い分)
被告(日本側フォワーダー/承運人)
発行したB/Lは「待運提单(Received for shipment B/L)」にすぎず、台風や港湾混雑といった不可抗力による遅延だと主張しました。また、L/C決済に伴う損害は自社の責任ではないとし、貨物が長期間保管されたのは原告が引き取りを拒否したためだと説明しました。さらに、実際に運送を行った福建省轮船公司を訴訟に加えるよう求めました[F1]。
原告(中国側)
発行されたB/Lは「已装船提单(Shipped on board B/L)」であり、それを根拠にL/C決済も行われたと主張しました。実際には未積みの段階で「已装船」と記載された予借B/Lであり、これは侵権にあたると指摘しました。さらに、失われた利益、価格差による損失、契約違反金などの賠償を請求しました[F1]。
判決理由(要旨)
B/Lの法的性質の確定
裁判所は1924年ヘーグ・ルール第3条7項や、日本の1957年国際海上貨物運送法6条・7条を参照し、発行されたB/Lは「已装船提单(Shipped on board B/L)」にあたると判断しました。さらに、UCP(跟单信用证统一惯例)に照らしても銀行の決済は適法と認めました。そのうえで、未装船の段階で「已装船」と表示して発行されたB/Lは「予借B/L」であり、不法行為(侵権)にあたると結論づけました[F1]。
因果関係
実際の船積みより20日以上早く「已装船」B/Lを発行したため納期が遅れ、C社は契約を解除。その後の転売や値崩れにつながりました。結果として、利益の喪失、価格差による損失、違約金の支払いはすべて予借B/Lの発行に起因すると認定されました[F1]。
管轄の肯定
損害が発生した地(福州)を根拠に、上海海事法院の管轄を認めました。これは「民事诉讼法(试行)」や最高人民法院の「关于适用民事诉讼法的解释」に定める「侵权结果发生地」ルールに基づく判断です[F1][F3]。
不可抗力抗弁の排斥
被告が主張した台風や港湾混雑(压港)は、装船遅延の事情にすぎません。裁判所は「未装船なのに“已装船”と表示した」という予借B/Lの違法性を正当化するものではないと退けました[F1]。
判決内容
第一審(上海海事法院 1988/10/24、(86)沪海法商字第13号)
裁判所は被告に対し、貨款・利息、第三者への違約金、可得利益などの賠償を命じました。一方で、被告が主張した租箱費などの反訴請求は大部分が棄却されました[F1]。
控訴審(上海市高級人民法院 1989年、最高人民法院公報1989年第3期掲載)
高院は予借B/Lに関する侵権責任を認めた第一審の判断を維持しました。ただし、賠償項目の計算方法や利息の扱いについては一部修正が行われています。被告が求めた実運送人の追加参入については認められませんでした。判決日については不明(要確認)です[F2]。
このトラブルの原因
B/L欄と実際の日付の不一致
「THIS IS SHIPPED ON BOARD …」欄の日付が、実際の船積み日よりも先行して記載されていました。その結果、L/Cの適合書類として形式上は整っていても、実際の貨物の状況とは一致しておらず、この“形式と実体の乖離”が致命的な問題となりました[F1]。
“保函文化”の誤用
托運人の要請に応じて、承運人が安易にB/Lを前倒し発行してしまいました。本来は保証書である保函(LOI)でリスクをカバーできると誤解し、その影響がL/C決済や下流の再販売契約にまで及んでしまいました[F1]。
管轄と結果発生地の軽視
損害が実際に生じた場所(L/C決済後の損害発生地)の意味を正しく理解せず、紛争解決の場を誤って選んだことで、不利な状況を招く構造がありました[F1][F3]。
貿易実務者の学ぶべきポイント
1.B/L欄は必ず二重チェック
「Shipped on board(已装船)」の日付や記載は、必ずターミナルの装船証憑(mate’s receipt/装船記録)を電子確認した後に承認すべきです。「Received for shipment(备运/待运)」との違いを明確にし、社内のチェックリストに記録しておきましょう[F1]。
2.L/C条項とB/L発行を連動
L/Cの装船期限や呈示期限を、B/L発行権限表やシステムと連携させます。期限が迫った場合には自動的に「on board表示禁止」のフラグを立て、UCPの関連条文を発行画面に表示する仕組みにすると安全です[F1]。
3.LOIは“禁止確認”に利用
前倒しでon board表示を許すためにLOIを使うことは禁止です。代わりに「未積み=on board表示不可」を明示する“ネガティブLOI”をテンプレート化し、顧客説明に使う方が望ましいです[F1]。
4.再販売契約との整合性を確認
「下流の納期や違約金条件」を社内の信用調査票に組み込みましょう。on board日付の誤記や前倒しが、利益喪失や違約金に直結することを警告できる仕組みが必要です[F1]。
5.管轄条項と“結果発生地”の考慮
B/Lの裏面条項や約款に準拠法・専属管轄を入れるだけでなく、損害が実際に起きる場所も踏まえてリスクを説明しましょう。特に中国の海事法院の専属管轄制度は、社内研修で必ず共有しておくべきです[F3]。
今日からできるチェックリスト
- B/L起票前に実装船データを確認・保存:出港実績やバース記録を必ず画面キャプチャで残す。
- “on board欄”は二重承認:担当者と管理職のダブルサインを必須にする。
- L/C期限が迫ったら待運B/Lに切替:無理にon board表示せず、標準手順として待運B/Lを発行する。
- 顧客向け説明資料を充実:「on board偽装=侵権リスク」を図解でわかりやすく伝える。
- 契約テンプレートを見直し:準拠法や専属管轄に加え、損害が発生する可能性のある「結果発生地」も想定して明文化する。
💡 インサイト(中小企業への学び)
「銀行が決済したから安心」という考え方は危険です。B/Lのon board欄の一行が、再販売契約での違約金や利益喪失といった大きな損害につながることがあります。大切なのは“形式”ではなく“実際の事実”。未装船なら待運B/Lを徹底し、on board表示は実際に船積みが確認できた後に限ること。これがL/C実務で損害を防ぐ最も確実な方法です[F1]。
要点まとめ
- 未装船で“已装船”B/L発行=予借B/L(侵権)[F1]。
- L/C決済の適合法性はB/Lの表示に依拠、形式と実体の一致が必須[F1]。
- 損害の結果発生地を根拠に上海海事法院の管轄を肯定[F1][F3]。
- 可得利益・差額・違约金の賠償を認容、反訴(租箱費の一部)のみ限定的認容[F1]。
Factリスト
- [F1] 上海市公共法律服務平台(12348上海法網):「A单位诉日本国日欧集装箱运输公司预借提单侵权损害赔偿纠纷上诉案」全文(一審1988/10/24((86)沪海法商字第13号)/控訴審1989の事実・理由)。URL: https://sh.12348.gov.cn/sites/12348/news/judgement-detail.jsp?entityid=d6eedfec50794eb5a12473c99b4fb059
- [F2] 最高人民法院・法院公報(公式):「福建省宁德地区经济技术协作公司诉日本国日欧集装箱运输公司预借提单侵权损害赔偿纠纷上诉案」(1989年第3期掲載、上海高院控訴審)。URL: https://gongbao.court.gov.cn/Details/cd8686a1d2ad44a949a7e1c76e5e55.html
- [F3] 最高人民法院(公式):「最高人民法院关于适用《中华人民共和国民事诉讼法》的解释」(侵权行为地包括侵权行为实施地、侵权结果发生地)。URL: https://gongbao.court.gov.cn/Details/e4df8df2acb4c325dfdb6f489576a8.htm
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