ロングビーチ港コンテナ崩落事故 インコタームズで変わるリスク
事件の概要
2025年9月9日の朝8時48分頃、アメリカ西海岸にあるロングビーチ港の「Pier G」という場所で、「Mississippi」号というコンテナ船から大量のコンテナが崩れ落ちる事故が起きました。
港の公式発表では最初に約67個のコンテナが落下したと推定され、その後の報道では約75個という数字も出ています。このうち約24個が海に沈み、残りは港の埠頭に散らばりました。幸いなことに、けが人は出ていません。
この「Mississippi」号は、イスラエルの大手海運会社ZIMが運航し、オスロ証券取引所に上場しているMPC Container Shipsが所有する船で、ポルトガル船籍です。崩れ落ちたコンテナの中身は、衣料品、家具、靴、電子機器など私たちの身の回りにある商品で、大型小売店向けの荷物でした。
崩れたコンテナの一部は、船の横に停泊していた排ガス処理用の船(クリーンエアバージ)にぶつかり、損傷させました。港当局は危険区域を設定し、海中にソナーを使った調査を行いました。コンテナの回収作業は現在も続いています。事故が起きたPier Gでの荷物の積み下ろしは一時停止されましたが、港全体では他のターミナルでの作業に大きな影響はありませんでした。
事故直後には、目撃者が撮影した「ドミノ倒しのようにコンテナが崩れる映像」も公開され、事故の深刻さを物語るものとして話題になりました。
原因(現時点で考えられること)
正式な調査は現在も続いており、はっきりとした原因はまだ発表されていません。現時点で確実に言えるのは以下の点だけです。
- 荷物の積み下ろし作業中に崩落が発生
- 港当局が安全区域を設定し、組織的な対応と回収作業を実施
※コンテナを固定するストラップ(荷留めベルト)を外す手順や、船のバランス調整など具体的な技術的要因については、現時点では正式に確定していないため、推測は控えます。
ただし、現時点での報道や関係者の証言から浮かび上がっている可能性のある要因は次の通りです。
- 荷役中にストラップ(荷留めベルト)を外した後、コンテナの山が不安定に
- 船のバランス調整や積み方の問題による船体の傾き
- 突然の揺れや風などの外部環境の影響

アメリカ沿岸警備隊(USCG)と国家運輸安全委員会(NTSB)による正式な調査が続いており、最終的な原因の特定にはまだ時間がかかります。
なぜ起きたのか?
コンテナ輸送は効率的な運送方法ですが、コンテナを何段にも積み上げた状態を安全に保つことが重要なポイントです。船が港に停泊して荷物を積み下ろしている最中でも、リスクは完全にはなくなりません。コンテナを固定しているベルトを外す前後や、クレーンで作業している時など、ちょっとした力が加わったり、積み方に問題があったりするだけで、ドミノ倒しのようにコンテナが崩れる可能性があります。
今回の事故は「港での荷役作業にもリスクがある」ことを明らかにした事例であり、契約で「誰がどの段階でリスクを負うか」を決めておくことが、実際の損失負担に直接影響することを示しています(原因は現在調査中です)。
インコタームズから見る責任問題
今回の事故を国際貿易のルール(インコタームズ)の観点で整理すると、契約条件によって責任の所在が大きく変わります。
FOB(船上渡し)
船にコンテナを積み込んだ時点で、リスクは買主に移ります。港で荷役中に起きた今回のような事故は、FOB条件では買主側の責任となる可能性が高いです。
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CFR / CIF(運賃込み渡し / 運賃保険料込み渡し)
輸送費は売主が負担しますが、リスクが移るのはやはり船に積み込んだ時点です。したがって買主の責任。ただしCIFでは保険をかけることが義務になっているため、損失をカバーできる場合があります。
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DAP / DDP(指定地渡し / 関税込み指定地渡し)
指定された場所に到着するまで売主がリスクを負います。この場合、港で起きた事故も売主の責任となる可能性があります。
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このように、同じ貨物でもインコタームズの取り決め次第で「誰が責任を負うか」は全く異なります。価格交渉のための条件選択ではなく、リスク管理のルールとして理解しましょう。
実務者への提案
今回の事故は、インコタームズの「費用負担」と「リスクの移転」を分けて考える重要性を改めて教えてくれます。貿易実務に携わる方は、以下の点を徹底してください。
契約段階での明確化
リスクがいつ移転するか(引渡し地点)を契約書に明記する(FOB/CFR/CIFは船渡し、DAP/DDPは到着地までなど)。
保険の確認
貨物保険(ICC A/B/C条件)をかけて、港での荷役事故や海中落下などが補償されるかどうか確認する。
事故対応の準備
港湾・荷役事故を想定したマニュアル作り(連絡先、写真・動画の記録、船荷証券・設備記録の確保、共同海損が必要かの判断手順)。
物流会社(フォワーダー)選定時のチェックポイント
- 荷役作業の安全管理実績や事故歴
- 保険の範囲(荷役事故時の補償があるかどうか)
- 契約書での責任範囲(「船上渡し」や「ターミナル作業」の定義を含む)
- 緊急時の連絡体制と役割分担
損害賠償と請求の流れ 誰に請求するか(運送会社/荷主/物流会社/保険会社)を明確にし、船荷証券や事故記録の確保、共同海損条項があるかどうかを確認する。
遅延対策 代替の供給ルートや在庫補充計画を準備する。特に大口契約では、納期遅延による損害や補償について事前に取り決めておく。
事故による影響
小売業者への影響
Target(ターゲット)、Walmart(ウォルマート)、Costco(コストコ)などの大手小売チェーン向けの商品が被害に含まれており、商品の配送が遅れたり、店舗での商品補充が遅れたりすることが心配されています。
港の運営への影響
事故が起きたPier Gでの作業は一時的に停止されましたが、他のターミナルへの影響は限られています。
環境への影響
排ガス処理用の船(バージ)が損傷を受け、燃料が流出することが確認されました。約2,000ガロンの再生ディーゼル燃料が流出しましたが、拡散を防ぐ措置が取られました。
回収作業の費用
海に沈んだコンテナを探すためのソナー調査や、潜水士による調査を使った回収作業が続いており、多くの時間と費用がかかります。
根拠と出典(一次情報のみ)
- Port of Long Beach 公式発表(Unified Command、2025-09-09ほか)
- Seatrade Maritime News
- PortTechnology.org
- The Guardian
- AP News
- ABC7

※原因・被害数の最終確定は、USCG/NTSBの調査結果公表を待つ必要があります。
まとめ
ロングビーチ港で起きた今回の事故は、港での荷物の積み下ろし作業中でも大きなリスクがあること、そして国際貿易のルール(インコタームズ)の決め方が実際の損失負担を左右することを、実際の事例で確認できる出来事です。憶測に基づいた決めつけは避け、公式な調査結果の発表を待ちながら、契約・保険・対応マニュアルの三つを事前にしっかり整えておくことが、貿易実務に携わる方にとって最も重要な備えとなります。