製造×通関×情報の実装BCP|工程図・監査・権限・教育まで一貫して設計する
国内回帰で浮き彫りになる「業務断絶」とBCPの重要性
近年、地政学的リスクやパンデミックを背景に、国内生産回帰が加速しています。しかし同時に、企業は新たな課題「業務断絶」に直面しています。
こうした分断は、単なる情報共有の問題ではなく、業務設計そのものに起因します。この構造的な断絶を解消するために、組織全体をつなぐ仕組みとしてBCPが必要です。
海外生産時代は、製造・通関・物流が分業体制で機能していましたが、日本国内で再構築を行うと、部門間での情報共有が追いつかず、誤記・遅延・責任につながります。
特に、製造現場がBOM(部品表)とHSコードの関連を理解していない場合、EPA特恵適用の不許可(原産地証明の不備等)や、関税の還付制度(関税定率法第17条)の不許可など特恵/還付の適用不可が多発するリスクが高まります。
こうした断絶を防ぎ、災害・障害・データ消失時にも「止まらない業務」を実現するために求められるのが、BCP(Business Continuity Plan/事業継続計画)の組織実装です。単なる災害対策ではなく、平時からの業務設計・情報統合・人材連携の三位一体化が、国内回帰後の企業における最大の差別化要素となります。

有事に慌てないためには、平時から仕組みを整えることが最も重要です。
BCPとは“平時の準備”を“非常時の力”に変える設計そのものです。
製造・通関・情報の統合構造図|工程×情報×責任部署の見える化
では、BCPを実際に業務へ落とし込むには、どの工程でどの情報を扱うのかを明確にする必要があります。その全体像を整理したのが次の構造図です。
以下のプロセスマップは、製造から通関までを一貫管理する標準構造です。
| ステージ | 主担当 | 主な情報 | 連携ポイント | 管理リスク |
|---|---|---|---|---|
| 製造準備 | 生産管理部 | BOM、製造指図書 | HSコード・通関区分の自動紐づけ | データ転記ミス |
| 加工・検査 | 工場 | 加工実績、検査記録 | 原産地証明用データとの接続 | 加工度証明不足 |
| 通関・出荷 | 通関部門 | 申告書、インボイス | ERP・WMS更新、再輸出情報共有 | 申告誤り、免税否認 |
| データ統合 | 情報システム部 | NACCS・ERPログ | 監査ログ保存・復旧体制整備 | 記録消失・不整合 |

工程×情報×責任者を可視化することで、「単一障害点(SPOF)」を早期に発見できます。
BCP体制の更新サイクルとPDCA実装
構造を可視化しただけでは、BCPは形骸化してしまいます。実際に機能させるためには、計画から改善までのサイクルを回し続ける運用設計が欠かせません。
企業の現場に浸透するPDCA型BCP運用の要点は次の通りです。
- Plan(計画): 停止リスクの洗い出し、復旧順位・代替責任者の定義、緊急シナリオ設計
- Do(実行): データ冗長化、代替ルート(輸送・通関)の設定、要員代行訓練の実施
- Check(検証): 模擬通関テスト、データ復旧訓練、SLA遵守率・復旧時間の定期評価
- Act(改善): RTO(復旧時間目標)・RPO(データ損失許容範囲)を再設定し、次期計画へ反映
模擬演習では、ERP障害・NACCS停止・港湾ストライキを想定し、実際に切替手順を運用テストすることで、机上のBCPから「実稼働型BCP」へ進化させます。
訓練記録をKPI化し、取引先監査時にBCP適合証拠として提示できるようにしておくことも有効です。ただし、いかに優れたシステムを整えても、最終的に動かすのは“人”です。次に、BCPを支える組織的な権限と代行体制の設計を見ていきましょう。
組織的BCP|ロール別の権限・代行体制
制度やITが整っていても、人が動かなければBCPは機能しません。したがって、ロール別に「停止時に誰が何を行うか」を明確にする権限設計が必要です。
| 区分 | 主な責任者 | 担当業務 | 代行者 | 必要資格 |
| 製造BCP | ライン長 | 生産停止・代替ライン発動 | 工場副責任者 | 製造管理士 |
| 通関BCP | 通関責任者 | 申告・HS分類・EPA適用 | 通関副責任者 | 通関士資格(必須ではない) |
| 情報BCP | システム管理者 | データ復旧・切替制御 | IT監査担当 | 情報セキュリティ管理者 |
組織が動けるだけでなく、情報が正確に流れることも同じくらい重要です。そこで鍵になるのが、データ整合性を守る監査と内部統制の仕組みです。
データ整合性監査と内部統制の融合
ERP・通関・会計データの整合性は、BCP体制の根幹です。
データの齟齬を放置すれば、監査否認や免税取消につながりかねません。
以下の自動監査システムを導入することで、異常検知の早期化を図ります。
- 自動照合ルール:HSコード/ロット/仕向国の不一致を検知
- BCP監視シート:通関・生産データの定期クロスチェック
- 異常検知アラート:閾値超過時にSlackやTeamsへ自動通知
- 内部監査連携:監査部門が年次レビューを実施し、PDCAへ反映
この「技術×統制」設計は、サイバー攻撃・誤操作・人的ミスなど、すべての停止要因を網羅的に防ぐ仕組みとして機能します。
どれほどシステムが整備されても、それを活用し維持するのは人です。最後に、知識や技能を次世代へ継承する「ヒューマンBCP」の取り組みを紹介します。
ヒューマンBCP|教育・知識・継承の仕組み化
人材の属人化はBCP最大の敵です。知識・判断・操作を共有化することで、誰が担当しても業務を継続できる「ヒューマンBCP」を実現します。
- OJTテンプレートの標準化(通関・製造・EPA管理別)
- FTA/EPA辞書・フォーム共有ライブラリ化
- 定期教育:BCP演習+情報セキュリティ研修を年次統合
- 他拠点合同訓練(遠隔共同通関・リモート製造監視)
- 後継者育成計画:世代交代時に備えたナレッジ移転ロードマップ
特に、クラウド上で共有される「BCPマニュアルポータル」を整備すれば、災害時にも遠隔で手順を確認できます。知識が”紙”から”データ”に移行することで、組織の持続性は飛躍的に高まります。
成功企業の特徴と実践事例
国内製造・通関一体化に成功している企業には、次の特徴が見られます。
- ERP・NACCS・WMSを連携させた統合プラットフォーム運用
- 製造現場が通関知識を持ち、BOM段階で関税影響を把握
- 年次BCPレビューと第三者監査をセット運用
- クラウドBCP訓練(リモート模擬復旧)を定期開催
たとえば、九州地区の電子部品メーカーでは、台風による倉庫被災時に遠隔ラインへの切替を実施し、出荷遅延ゼロを実現しました。訓練記録と通関一体データを組み合わせることで、経産省の補助金申請でも高評価を得ています。
まとめと実務者への提言
国内回帰の流れが進む今こそ、製造・通関・管理の壁を壊し、「止まらない仕組み」を設計することが求められます。
まずは、自社の業務をマッピングし、どの部分が単一障害点(SPOF)となっているかを明確にしましょう。その上で、責任範囲と連携ルールを再定義し、BCPの観点で見直すことが第一歩です。
BCPは一度構築すれば終わりではなく、制度変更・市場環境・災害リスクに合わせて継続的に更新することが重要です。
国内回帰時代のBCP戦略は、「制度・人・ITを融合した動態的BCP」への進化です。製造・通関・情報の三領域を可視化し、PDCAで継続的に更新することが、企業の競争力と信頼を支えます。
BCPはもはや危機対応ではなく、平時の経営品質を高める”戦略的仕組みです。
次の記事「中国+1から日本+1へ|生産移転と輸出モデルの事例分析」では、BCP設計を実際に成功させた企業事例を紹介します。
シリーズ:BCP×関税×リロケーション
国際分業を「関税設計」と「BCP(事業継続性)」で最適化する実務ガイド。全体像 → 制度 → 体制 → 事例 → 対米実務の順で読めます。
- 第1回:リロケーション・スキームの全体像
- 第2回:再輸出免税と保税加工の違い
- 第3回:製造と通関を一体化するBCP戦略
- 第4回:中国+1から日本+1へ
- 第5回:中国企業の日本生産シフトと対米輸出
- 第6回:サプライチェーン強靭化補助金の実務対応
- 第7回:サプライチェーン停止に備える貿易BCP完全ガイド
- 第8回:港・空港・保税地域の被災リスクマップ2025

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